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2010年7月22日 (木)

知っておきたい日本史のベストカップル(3)  平重衡と輔子

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 ありがとうございます。今日もすべてに感謝します。

 世界中のすべての方が幸せにありますように!

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 2010年 平成22年

 7.21(水)

    知っておきたい日本史のベストカップル(3)

         平重衡と輔子

    

 姫野です。

 今日も東京は夏の日差しの照りつける暑い一日でした。

 

 ど~も、いかがおすごしですか。

  今日は会社は休みで、池袋のジムに行ってひと汗流したあと

 「何か食事でも…暑いし何にしようか?」と思っていて、最近

 できた池袋駅西口のエチカのビルのレストラン街の案内広告を

 見ていたら6Fにベトナムフォーのお店があったので、そうだ

 「フォー」というのを僕はまだいただいたことがない。

  「フォーとやらを食べて九郎判官義経」(どこの人間じゃ)

 とエスカレーターで6Fのお店に行きました。

 時間は4時少し前でお客さんは僕一人です。海鮮フォーセット

 (1150円)をお願いしました。

 

 いただいていると、きれいなアオザイを着た、お店の若いかわ

 いい女の子が、僕をみてにっこりします。僕もつられてにっこ

 りしました。

  僕が「フォ~、こんな味か」と思いつつフォーをいただいて

 いるのがきっとおかしかったのでしょう。

  僕は日本人だろうと思っていたのですが、ホーチミン市から

 去年の11月に日本に来て、今日本語を習っているとのことで

 す。その後日本の大学に行きたいとのこと。

 「日本はどうですか?」と尋ねると

 「う~ん、現代的だけど、今ひとりで住んでいるので淋しい」

  とたどたどしくおっしゃいました。

  若いうちにいろんな世界をみておくこともよい経験だろうと

  感じました。

  僕のフォーの感想は「味は悪くない、でもフォーだけだと8

 50円の値段では、このお店はラーメン・うどん・そばに負け

 てしまうだろう」と感じました。(笑)

 さて

 僕の好きなカップル。平重衡と輔子についての話の続きです。

     知っておきたい日本史のベストカップル(3)

      平 重衡(しげひら)と輔子(すけこ)

 <夜の宴と千手の前>

 

  頼朝・政子とも重衡に好意を持ちます。そして慰みにと政子

 の女房「千手」を夜の宴に送ります。千手の酌と今様に重衡も

 しだいにくつろぎ、工藤祐経が鼓を打ち、千手が琵琶を弾き、

 重衡も横笛を披露しました。

  そして、興にのって謡も披露し聞く者たちもその上手さに感嘆

 しました。頼朝は後でそのことを聞き、「重衡の心情をはばかっ

 て行かなかったが、遠慮せずに自分も同席すればよかった」と

 悔しがったとのことです。

  東国の鎌倉武士には、京の都の文化へのあこがれもあったの

 です。

  この席に遣わされた女官の千手は、その後短い間ですが捕虜

 の身の重衡に仕え身の回りの世話をします。重衡にとても好意

 をいだいたと伝えられています。

  重衡が奈良に送られ木津川河畔で斬首された後の3年後に病

 で死亡します。

  亡き重衡を慕い恋うる気持ちが積み重なり病になったのだろ

 うと人は噂しました。千手享年24歳。

 <重衡鎌倉から奈良へ>

 重衡が捕囚された一の谷の合戦後、屋島そして壇ノ浦にて平家

 は最期を迎えました。これにより平家との戦いも一段落します。

  それで頼朝も奈良興福寺の勢力の再三にわたる要望を拒むこ

 とができなくなります。奈良の勢力は「重衡を何としても奈良

 によこせ。奈良にて処罰したい」との強い要求をしていたので

 す。

  1185年6月に南都の大衆に引き渡されるために鎌倉を

 去ります。

 <重衡ついに妻輔子と逢う>

  奈良への途中罪人なので京都の街には入れません。山科を経

 て奈良に向かいます。

  輔子は前にも申しましたが、安徳天皇の乳母を務め、壇ノ浦

 にて海に飛び込もうとしましたが果たせず捕らわれてしまいま

 す。壇ノ浦の平家方の捕虜は京都に送られます。男はほぼ全員

 死ぬことになりますが、女性はここで全員解放されました。

  そこで、重衡奈良護送の当時輔子は山科の日野の姉のもとへ

 身を寄せていました。

 (平家物語下巻第十二)

 平家物語はここの場面をこう書いています。

  日野の近くを通るとき、重衡卿が傍らの武者にこう願います。

 「貴方たちの情け深い心遣いをば、誠に有り難く思っている。私に

  は子も無く、最早この世に思い残すことも無い。ただ、私の妻が、

  この近くの日野に住むと聞く。一目逢って、後生の事等も言い置

  かんと思う。今一度、情けを給われぬか」

  護送の武士も岩石ならぬ人の子です。

 「奥方に逢うのに、何で遠慮ためらいが有りましょうや。早々に」

  とて、これを許しました。

 一行は典侍局(すけのつぼね){輔子は大納言典侍(だいなごんの

 すけ)と呼ばれていました}がいる邸に到着し

 「ここに大納言典侍の局がいらっしゃいますか。本三位の中将殿

 (重衡のこと)が奈良へおいでになる道すがら、お会いに参上な

  さいました」

 輔子はその声をきくと嬉しさのあまり

 「いづらや いづら」

 と御簾の近くまで走り出てきます。そこには、藍摺の直垂に烏帽子

 姿の、色黒き痩せた男が立っておりました。

 「いかにやいかに、夢かやうつつか。これへ入らせ給へ」

 そう申すのがやっとにて、後は目も眩み、ただ涙にむせぶばかり

 です。

  妻の声を耳にし、重衡も返事よりも先に涙があふれます。御簾を

 上げて肩にかつぎ、妻と1年ぶりの再会を果たします。輔子も涙が

 落ちるばかりで言葉が出てきません。

  ややあって重衡が語ります。

 さて、この場面であなたが重衡なら何と言うでしょう。

 またあなたが輔子ならどうするでしょう。

 つづく…

 ありがとうございます。

 今日もご無事で過ごせますように!

 ではでは、

 あなたに感謝します!

 今日も笑顔でニコッとね!  

 (お知らせ)

 「お茶のみ話相談」の部屋。気が向いたときはどうぞ。

 http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P2334219

 (健康のために)

 意識して一日数回は深呼吸しましょう!

 そして歯も大切にしましょうね!

 気付いていますか

 昨日も今日も明日もそして今この瞬間も

 幸せはあなたに降りそそいでいます

愛以外、あなたを最終的に満足させられるものは

何もありません

これからも地球がやさしい愛でつつまれますように!

この宇宙のすべてに

深い感謝と祝福をささげつつ

あなたにたくさんの幸せが訪れますように!

この美しい宇宙のすべてが

あなた自身の姿なのです

 幸せについての話が得意です。

 何かのときにはお声をかけて下さい。

「スピリチュアルな幸せの専門家」

 姫野 修一郎(Himeno Shuichiro

  メールアドレス:ANA38655@nifty.com

     あなたの意識が世界を創ります

     あなたが幸せに生きることは

     世界を幸せにします

     今日もすべてに感謝します

     ありがとうございます

愛を込めて!

姫野 修一郎

  

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